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春はもう少しかな [春]

2012. 2.19
出流山満願寺近くの出流「山草パーク」先日の雪が少し残ります。
今年は立春を過ぎても寒い日が多く、花の開花も10日から2週間くらい遅いようです。
セツブンソウはまだ咲いていません。ロウバイは満開。梅はまだ。フクジュソウ咲き始め。
歩くってやっぱり楽しい。

山を降りて星野ではマンサクがやっと、咲き始めました。
まるで錦糸玉子のようで美味しそうなこと。


自生地のセツブンソウもやっと咲き始め(栃木市星野 四季の森星野)
雪も残っており花も遅れています。

株を5つくらいみたかな。やっと土から顔を出したなという感じで、私の勘だと3月に入るくらいじゃないとたくさんの花は見られないんじゃないでしょうか。
ロウバイ、ミツマタ、寒紅梅、マンサクがありましたね。

(拡大)
これは2年前の3月初旬の画像になりますが場所も違って、佐野市柿平(かきだいら)という里のセツブンソウ自生地です。
町村合併で佐野市になってしまいましたが、数年前は田沼町と言いました。
ここも周辺をのんびり歩くにはいい里で(こちらは星野よりマイナーですが)、毎年2月末、3月初旬になると出かけます。
毎週のようにこの辺をふらふらしてると春の息吹をあちこちに感じます。
そしてだんだんと行動範囲が広がっていきます。
小川を飛び越えたり、田んぼの畦道にはホトケノザや、ブルーのオオイヌノフグリが小さい花をつけていたり、タンポポが開いたり。
農家の生垣から見える向こう側のお庭もだんだん花が咲いてきたり。
でもこんな散策(探検でしょうが)って、少年時代は毎日していたことですね。
最近はロードバイク(自転車)に乗るから、車とは違うスピードでも楽しんでいます。急ぐことはないのだし。
2012-02-19 23:32
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春の情緒 [春]

セツブンソウはまだ早春の寒い季節に力強く咲いてくる純白の小さい花
「春宵十話」というとても素敵な本があって、セツブンソウが咲く頃に読み直そうかなと思うことが多い。
人の中心は情緒であって、情緒というのは波。悲しみの波。
それを感じられる人にならないといけないのです、ということが書いてあります。
情緒が鈍ると雑になる。あるいは最初から雑なのか。
そのうち適当でいいという思考になってくる。
それが当たり前になってしまったら大変です。たぶんもう戻れない。同じような思考の、枯れた連中の寄り合いが始まる。
人の中心は情緒。それがなくなると人や物事を軽く見、軽く扱うようになるんだろう。
自分のもっともベーシックなところにさえ気がつけない。自分自身が軽くなっていることにも気がつかない。
万物万象というのは自分の心に帰ってくるんですよね。必ず。
自己の内なる森羅万象。

庭ではセツブンソウが本格的に咲き始めましたが、里の自生地のほうではまだまだ早いかな。2月末からだろうなあ。
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場所が変わりまして、

こちらは自生地周辺です。
早春の暖かい日に里山を散策するのは大好きなのです。
何もなくてもいいんです。
ただ、歩いて、日差しや風が春だねぇなんて思いながら小川の流れを見たり鳥の声を聴くだけでいい。
遠くまで出かける必要なんか無いなあ。


ロウバイ

風の無い早春のお昼はロウバイの甘い香りが漂っていた。ベンチで読書にはちょうどいいなと思ったら陰るとやっぱり寒い。
2012-02-13 08:02
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